おとこのこはおこってそのこにいいました

『 それはぼくが歌ってる歌だよ 』

けれど、そのこはおとこのこをむしして歌いつづけました

なんどもなんども忠告しても、むししつづけました

そしてそのこはあるひ、おとこのこにこういいました


『 ぼくのほうが、じょうずだよ 』







    叫 び の 歌

























目をあけると、いつか見たような野原が広がっていた。
風が吹き抜ける。
とても、冷たい風だった。


その野原には、緑色をした植物が一本も生えていなかった。
土と同じような色をした草達が、ぐったりと倒れている。

ここに来た事がある気がする。

呂蒙はそう思った。
けれど、こんな景色だっただろうか?
もっと美しい、色鮮やかな緑が敷き詰められた草原だったはずだ。
風も、もっと優しくて、温かかった。


なぜこんなことになってしまったのだろうか。


同じはずの景色も、色が失われるだけでこんなにも違って見える。
前ここに来たときは懐かしい気さえしたのに。
……いや、ひょっとしたら…最初からこんなところには来てなかったのかもしれない。

そんなことを思っていると、冷たい風が声を運んできた。
…この声は聞いた事がある。
歌のような声……だったはずだ。
けれど、その声はもはや歌とはいえなかった。

不規則なんてものじゃない。
すべてがめちゃくちゃだ。
突拍子も無い音が、次から次へと飛び出してくる。

かろうじて聞き取れるところも、何故かとても切なくなる音だった。
暗く、切なく……そして、どんどん狂っていく音。


狂った歌を聞いていると、ふと、目を閉じなければと思った。
何故なのかはわからない。
けれど、閉じなければいけない。

本能のまま、呂蒙はゆっくりと目を閉じた。

狂った音が、どんどん大きくなる。
そして、呂蒙は目を開けた。

目の前には、無かったはずの柵。
その上で、呂蒙に背を向け、少年がひたすら歌っている。
狂った歌を、ただひたすらに。


そして、呂蒙ははっきりとその狂った歌の歌詞を聴いた。



『狂ッちゃった』


悲しそうな声で少年が歌う。


『狂っちャっタ、狂ッチゃった。ぼくノ歌も。あナタの歌も』


言葉までリズムを外している。
しかし、少年はそれでも歌い続けた。


『狂ッちゃッタ、ボクらの歌ガ。もウ手遅レサ。戻れなイ』


ただ、呂蒙はその歌を黙って聞いていた。
以前とは、大分違う気がした。

以前はもっと……希望があるような歌だったのに。
それが今では、ただただ絶望を繰り返すだけの歌。
悲しい、悲しい、嘆きの歌になってしまっている。


『目ヲ開けバ、そこハ絶望。光ナンテ存在しナい。今更気付イテもモう遅いヨ。アトハもう、進ムしカナい』


呂蒙は歌を聴きながら、ゆっくりと口を開いた。
微かだが、声が出る。


「どういう意味だ?遅いって…」

『たとエソの先が、サらなル絶望ダっタとシテモ』


少年は呂蒙の質問を無視して歌い続けた。
そして突然、ぴたりと風が止んだ。


『アナたを呼ブ歌ハ、もウスデに狂いダシタ。狂イノ元凶ハ誰だロウ?』


「元凶…?」


ボソリと、繰り返すように呂蒙は呟いた。


『そウ』


初めて、答えが返ってきた。
けれど、相変わらず、その声は狂っていた。


コノ歌,,,を歌ッた人カナ?そレトもボク?イイや、どレも違ッテる』


そう謡った。
そして、少年は空を仰いだ。
少年の髪が、風も無いのに靡く。



『 す ベ テ は コ の 歌 の セ イ 』



目線を、空から再び草原に戻す。
























『 コ ノ 意 味 が   ワカ る カ い ? 』



















少年はそう言い放ち、ゆっくりと振り返った。



初めて、呂蒙はその少年の顔を見た。
けれど、その少年の顔を見たとたん、体が急に重くなった。
しだいに瞼まで重くなる。

耐え切れず、その場に崩れ落ちた。





少年の声が、しだいに遠くなっていく。

これが、どうかただの夢でありますように。

そんなことを願い、そして再び呂蒙の視界は黒く塗りつぶされた。


















* * * *



ホコリの匂いがする。
しめっぽいような、そんな匂い。
ぼんやりとその匂いを嗅ぎながら、呂蒙は目覚めた。

どうやらここは、光のほとんど当たらない小さな暗い建物の中のようだ。
倉庫なのだろうか。
だが、それにしては中においてあるものが少なくて。
けれど、ところどころに置いてある木箱や箱はどれも立派なものばかりで。
やはりここは倉庫なんだと呂蒙は確信した。

やっと意識がはっきりしてきた頃、手足の自由がきかないことにようやく気がついた。
感覚が麻痺していたのだろう。
足、手、そして胴体にまで縄でぐるぐる巻きにされているのに、ぜんぜん気付かなかった。

何とかして寝転んだ体制から座った体制に変えることができた。
そのとき。


「大丈夫ですか?呂蒙殿」


後ろから、聞きなれた声が聞こえてきた。

その声の主は陸遜だった。
陸遜は、心配そうな顔で呂蒙を見つめている。


「どこか痛むところはないですか?今この縄を解きますね」


そう言って、陸遜は呂蒙の足を縛っている縄と、手を縛っている縄を自分の武器で切った。
随分太い縄のようだ。
一つ切るのに結構な時間がかかった。


「陸遜……どうして、お前がここに……?」
「私も閉じ込められたみたいです。内側からは、どうやっても開かないみたいで…」


縄を切るのをやめて、陸損は頑丈な扉のようなところまで歩いていき、そしておもいっきりその扉を蹴った。
しかし、ドン、という大きな音が響いただけで、扉は一寸も開かなかった。


「……こんな感じで……ぜんぜん開かないのです」
「完全に閉じ込められたって事か…」
「そのようです」


他にも、脱出できるような出口はないのかと、呂蒙はあたりを見回してみた。
上から微かに降り注ぐ光をたどると、天井付近にある小さな窓を見つけた。
その窓の枠ははずれていて、よじ登ればそこから外にでることができそうだ。


「陸遜、あそこから出られそうだ」
「…そうですね」
「早く、俺達をこんなところに閉じ込めた奴が帰ってくる前に脱出しなければ…」
「……そうですねぇ」
「すまんが、陸遜。胴体に巻きついてる縄も切ってはくれないか?」
「………」


呂蒙は陸遜に言ったが、陸遜はただ壊れた窓を見つめるだけで何も言わなかった。


「陸遜……?」


何故だろうか。
その背中は、たしかに陸遜のはずなのに……
まるで、陸遜であって、陸遜でないような……そんな雰囲気を漂わせていた。
再び陸遜の名を呼ぼうとした時、





「…クク…」





微かに、笑い声が、聞こえた。

それは、どこか聞き覚えのある笑い声。
歌うような、笑い声。


そう、

呂蒙が気絶する直前に聞いた、嬉しそうに笑った声






「…あは…ハハ……あははハ…アははははハハははははははハははははははははははははははははははハははははははははははハハはハハハハははははははははははははははははははははははははははっはははあははははははは」






何か冷たいものが背中を這うような感覚に陥った。

まさか。
まさか陸遜が・・・・・・


「りく、そん・・・・・・?」
「おや・・・・どうしましたかぁ・・・?呂蒙殿ぉ・・・」


振り向いた陸遜のその微笑みは、呂蒙の知っている、いつもの可愛らしい微笑みとは似ても似つかぬものだった。嗅ぎよう

「お前・・・まさか・・・」
「そうですよぉ……私が貴方をここにお招きしたんですよぉ…」
「…この倉庫にか?」
「その通りです……ここは、陸家の"宝物"を保管しておく、大切な倉庫なんですよぉ…?」


すごいでしょう?と、貼り付けたような微笑を崩すことなく、言った。
本当に大切なものだけを、保管するために作られた倉庫なのだろう。

そう思えば、この倉庫においてある物が少ないのも、納得できる。
だが、


「陸遜…っ……!何故ココに俺を閉じ込めるんだ!?お前も閉じ込められたって……」


陸遜を下から睨みつけて言うと、陸遜はさらににっこりと微笑んだ。


「えぇ……閉じ込めましたよ……貴方と、今までの,,,,私自身を」
「何……?」

「ここはね、本当に大切なものしか、保管しないんです……だから……大切な、大切な呂蒙殿とぉ……そんな呂蒙殿と幸せな時間を過ごしてきた"私"を閉じ込めたんです…」


陸遜は、愛しそうに呂蒙を見つめた。
だが、呂蒙には、その目が狂気に狂って見えた。


「大切な呂蒙殿がぁ……"私"に汚されないように……"私以外の誰か"に汚されないように……ここに大切にしまっておくことにしたんです…」


ここは秘密の場所ですから…と、陸遜は言った。


「けど……邪魔者は来ちゃうんですよねぇ……私から、宝物の"お姫様"を奪いに」


そして、また窓枠に目を移す。
その目は、もはや今までの陸遜のものではなかった。


「ほぅら……"お姫様"を救いに来た騎士がやってきましたよォ?」









陸遜が言い終わるのとほぼ同時に、大きな音と共に窓枠が床に叩きつけられた。


















続く









大変長らくお待たせしましたっ……
第七話、ようやく完結です。

いよいよ、物語は折り返し地点をすぎました。
このお話は、ラストスパートをかける大切なところだったので……何度も書き直したのですが……
大丈夫かなぁ……(ぇ


背筋がゾクゾクするようなお話にしていきたいです。


今回は、微妙に第一話のお話とリンクしています。
読み比べてみると面白いかもしれません。