ゆめからさめたおとこのこは

そのひからゆめでおしえてもらった歌をむらで歌いました。

その歌はフシギな歌で、おとこのこのキモチが歌になってあらわれました。

おとこのこがたのしいときは、けいかいなリズムの歌に。

おとこのこがかなしいときは、しっとりしたリズムの歌に。

おとこのこがしあわせなときは、すきとおったうつくしい歌に。

しかし、その歌がむらをもうごかしているとは、これっぽっちもおもっていませんでした。
















    微 か な 幸 せ の 歌

























あのおぞましい事件のパニックがようやく少し落ち着いたので、呂蒙は手当てを受ける事になった。

呂蒙が病室に入ってだいぶ時間がたった。
その間、甘寧と凌統は会話を交わすことなく、ただ黙って病室の前で待っていた。


どうやら、病室で孫権と話しをしているらしい。
ついさっき、孫権とその付き人の周泰が病室に入っていたばかりだったのだ。
第一発見者である女官も、病室にいるらしかった。



それからどれくらいたったのだろうか。
ようやく病室から孫権と、呂蒙が出て来た。
呂蒙の腕には、包帯がきつく巻かれていた。
無理も無い。
木とはいえ、かなり深くまで刺さっていたのだ。
痛々しいその姿に、凌統は思わず目をそらしてしまった。
その傷をつけたのが自分だと、思いたくなかったから。


「大丈夫か?腕」


甘寧が呂蒙に駆け寄り、心配そうに言った。


「大丈夫だ。心配かけてすまなかったな」


そう言って、呂蒙はにっこりと微笑んだ。
その笑みを見て、甘寧はほっとため息をついた。
よかった。
そんな思いが伝わるようなため息だった。


「呂蒙、大事にな」
「はは、恐れ入ります。殿」
「殿、結局あれは自殺なのか?」


甘寧の質問に、孫権は少し考えた後、ゆっくりとうなずいた。


「ああ。腹に刺し傷があったことから、他殺の線もあったのだが、どうやらあれは自分でやったらしい。部屋にあの文官の血がついた小刀がおいてあった」
「でも、刺した後に木に吊るしたんじゃないのか?」
「もちろん、その事も考えた。けどな、死因は窒息死。それに、文官といえど、男一人をあの木に吊るすのはかなりの時間と労力がいるだろう?出血の仕方から見て、死んでからあまり時間が経っていなかった」
「ふぅん……だから自殺……って事か…」
「ああ。まず間違いないだろうな。それに、遺書…とまではいかないが、血で壁に文字が書いてあったからなぁ…」
「血で…?」
「そう、血で…だ。壁が真っ赤に染まるほど、何度も"助けてくれ"…"殺される"…"殺されるくらいなら"…と」


凌統は、その話しを聞いて、鳥肌がたった。
ヤツだ。
ヤツがあの文官を追い詰めたんだ。


「……孫権様」


少し間を空けて、呂蒙がゆっくりと言った。


「なんだ?」
「あの文官、たしか……この前、俺の部屋に来ました」
「何?」
「それ、本当か!?オッサン!!」


はい。と、呂蒙はうなずく。

死んだ文官は、最近女遊びが激しいと言われていた、あの文官だった。
その文官に仕事を頼まれたばかりだったのだ。
といっても、呂蒙が倒れる前の話しなのだが。


「ほう……そうだったのか」


孫権が腕を組み、うなった。
何か関係ありそうなことを必死に探しているらしい。
だが、それだけの情報では、何も分らなかった。
明らかに、情報が少なすぎる。


「まぁ、私たちが考えても、どうこうなるわけではないから、後は専門家に任せるとするか」
「そうですね」
「それより………凌統。何があった?」


孫権は話を凌統にふった。
だが、凌統は何も言おうとしなかった。
いや、何を言ったらいいのかわからなかったのだ。
どうせ信じてはもらえないだろう。
あの陸遜が凌統に針の仕込んだ髪飾りを渡したなど、普通ならありえないと考えるだろうから。
ましてや、あのお茶に毒が入っていたかどうかもわからない。
もしかしたら、何も入って無かったかもしれないのだ。
それをどう説明したらいいというのだろうか。
それが凌統にはわからなかった。
だから、黙っている事しかできなかったのだ。

そして、しばらく沈黙が続いた。
甘寧はだんだんと苛立ってきたようで、腕を組んで凌統を睨みつけていた。


「ちょっといいでしょうか」


そんな重い沈黙を破ったのは、呂蒙だった。


「なんだ?呂蒙」
「今は凌統も混乱しているでしょう。此処は俺に任せてください。一対一で話を聞きます」
「ちょっと待てよオッサン。俺も駄目なのかよ!」


そう、甘寧は怒鳴った。
呂蒙は申し訳なさそうに、すまん。と、一言だけ言って下を向いてしまった。
どうやら、本気で一対一で話し合いたいらしい。
そんな呂蒙を見た甘寧は、納得のいかない顔はしたものの、渋々承諾してくれた。


「……凌統、俺の部屋に行くぞ?」
「あ……うん……」


そう言って呂蒙は凌統の腕を引っ張り、立ち上がらせた。
呂蒙に引っ張られながら歩く凌統の背中を見て、甘寧は舌打ちをした。


「そんなに嫌か?甘寧」
「嫌っスよ。オッサンがあいつと一緒なんて……」
「どうしてだ?凌統はそんなに駄目な人間じゃないだろう?」
「……ヤバイんスよ。あいつは…」
「……ヤバイ…?」


孫権が聞き返したが、甘寧はそれっきり何も言わなかった。






















* * * *






















「そこ、座れ」


呂蒙にそう言われ、素直に指定された場所に座った。
きっと凌統の事を思って場所を移してくれたのだろう。
呂蒙は人一倍人の気持ちがわかる人だと、凌統は知っていた。
戸惑う凌統が、少しでも落ち着いて話せるような場所を用意してくれたのだ。
本当に、この人は優しい。
誰にでも。
だから、呂蒙の優しさに触れた人間は、かなり高い確率で惚れてしまうのだ。
体験者とも言える凌統がそう言うのだから、まず間違いないだろう。
困っている人間を放ってはおけないのだ。この人は。


「凌統……大丈夫か?」


そう言って、呂蒙は優しく凌統の頭をなでた。
不思議と、気持ちが落ち着いてきた。


「うん…有難う。ゴメンね……呂蒙さんこそ、大丈夫?」
「大丈夫だ。これくらい。戦傷よりも軽いからな」
「そう……なんだ…」
「あぁ。だから、気にするな」


にこりと、凌統に微笑んでくれた。
そんなはず無いのに。と、凌統は呂蒙の腕に巻かれた包帯を見て思った。
かなり深く刺さったはずなのだ。
まだ、覚えている。
呂蒙の腕に木を突き刺した感触を。
呂蒙は気付いていないだろうが、包帯を巻いた腕を微妙にかばっているのだ。

また、無理をしている。

そう思った。
凌統に心配かけまいと、必死に嘘をつく呂蒙。
その嘘が優しくて……凌統は胸が痛んだ。


「凌統、何があったか話せるか?」


頭をなでながら、呂蒙が優しく言った。


「………」
「……言いたくないんだな?」
「………ゴメン……呂蒙さん」
「いや、言いたくないんだったら、言わなくてもいい。ただ、泣きたい時は泣いておけよ?」


あんたもね。と、凌統は思ったが、口にしなかった。
いや、できなかったのだ。
言葉が出てこなかった。
何か言おうとするたび、言葉の代わりに涙となって目から溢れだしてきてしまった。



今までこの涙を止めてきた何かがはずれてしまったように、凌統は呂蒙の腕の中で泣き続けた。
その間、呂蒙はただ優しく凌統の頭をなでていた。
あぁ、そういえば昔父上に怒られて泣いた時もこうしてもらったなと、そんなことを思いながら、子供のように声を上げて泣いた。












それから数分後。
ようやく、少しづつではあるが、泣き声が小さくなっていった。
大丈夫か?と呂蒙が言うと、しゃっくり混じりに大丈夫だと凌統が返した。
呂蒙の腕から顔を離すと、自分の服の裾で涙を拭いた。


「だいぶたまってたみたいだな?」


塗れてしまった自分の裾を見て、呂蒙は笑って言った。


「ゴメンね。ありがと」
「いや、いいさ。それで凌統がすっきりすればな」


そう言って呂蒙は凌統の背中をさすってやった。
その優しさにまた泣きそうになったが、そこはぐっと我慢した。
せっかく泣き止んだのに、また泣き出してはきりが無いからだ。


「落ち着いたことだし、酒でも飲むか?」
「うん。そうする」
「わかった」


凌統の返事を聞いて、呂蒙は戸棚を空けて探り始めた。
奥まで腕を突っ込んで探るが、どうやら見つからないらしい。


「あぁ…そういえば、甘寧と飲んだときに無くなったんだった……」
「そっか。あいつ、遠慮ないからね」


馬鹿だから。と、後から付け足した。
確かに…と、呂蒙は笑って同意した。
甘寧が此処にいたら、凌統に食って掛かっていただろう。
それも甘寧らしいといえばらしいのだが。


「うーん、じゃぁ、買いに行くか」
「え、いいよ。別に……」
「たまにはいいじゃないか。二人で買い物っていうのも」
「でも……」
「ついでだ。筆もちょうど買い換えたいと思っていたところだし、ついでに行こう?な?」


そう言って呂蒙は笑った。
目線をそらして、ならいいや。と、クールを気取った返事をしたが、内心もはすごく動揺していた。

畜生、どうしてこの人はこんなに可愛いんだ。

もちろん、口に出しはしなかったが。


「じゃぁ、行こうか。近くでいいよな?」
「うん。呂蒙さんがそれでいいなら、いいよ」


二人は立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。
楽しそうな声が廊下に響いた。

そんな声を聞いて、いてもたってもいられなかったのが、甘寧だった。
実はあの後、ずっとつけていたのだ。
完全にストーカーです。
もちろん、あの酒の話も盗み聞きしていました。

あの野郎、ぜってー邪魔してやる…と、甘寧は心から思い、二人の後についていくことにしたのだった。


















まだ、歌は終わらない…







続く









うお〜っ!!
やっと書きあがりました……五話…。

前回が暗い話だったので、できるだけ明るくしようと努力してみました。
明るくなってるといいなぁ……久々に明るいの書くので、心配です…・・・。


ようやく物語りは折り返しです。
まだまだ、続きますよーっ!