ふしぎな歌は、さくのうえにいるこが歌っていました
おとこのこは、そのこの歌がとてもきにいりました
おとこのこはそのこにいいました
『 ボクにもその歌をおしえて 』
そのこは歌いながらいいました
『 だめだよ。だめだめ。この歌は、トクベツな歌だから 』
ス リ 替 エ の 歌
…朝。
呂蒙は勢い良く寝台から体を起こした。
少し乱れた息を整え、部屋を見回す。
汗でぬれて頬に引っ付いている髪を払いながら、さっき見ていたのが夢だというのを、ようやく自覚した。
また、あの夢を見た。
小さな男の子が歌う、夢。
その歌がとても懐かしく、そして気味悪いものであったことは覚えているのだが………
いつも、なぜか歌詞だけ思い出せなかった。
そして、次第にメロディさえも、失われていく。
覚えているのは、小さな男の子が、歌を歌っているということだけ。
現実と引き換えに薄れていく夢。
そして呂蒙の意識が完全に覚醒すると、夢の内容はうっすらとしか思い出せなくなっていた。
「……あれから、また寝たのか…」
誰に言うということもなく、ただ、呂蒙は小さく呟いた。
呂蒙が疲労、睡眠不足で倒れ、医務室に運ばて……
それから、あの夢を見て
夢から覚めると、そばに凌統が居てくれていて、戻ろうとしたら陸遜に却下された……………気がする。
気がする、というのは、その記憶があまりにも曖昧だったからだ。
というより、何処からが現実で、何処までが夢なのかが、よくわからなかった。
その代わり……と、言っていいのかはわからないが……あの時見た夢は、はっきりと覚えていた。
男の子が、歌った歌。
その子は、『気をつけろ』と、警告するように歌っていた。
『そばにいる』とも歌っていた。
だが、呂蒙にはまったくその意味がわからなかった。
ただ、嫌な予感だけが呂蒙の胸にもやとなって残った。
呂蒙が夢のことで考えていると、その思考をさえぎるように、扉が開いた。
「おっさん!大丈夫か!?倒れたって……」
扉を開いたのは、甘寧だった。
どうやら大急ぎで走ってきたらしい。
頭の羽飾りが、風のせいで少しずれていた。
「ん。甘寧か。俺はもう大丈夫だ」
「でもよ……なんか、俺の残った仕事をやって倒れたって……」
「……誰がそんな事言ったんだ?」
「え……凌統…」
やはり、と、呂蒙は思わず吹きだした。
あいつのことだ。
さぞかし皮肉をこめて言ったのだろう。
まぁ、確かに甘寧の残った仕事をやってはいたが、たかが木簡二、三巻き程度。
悪いのは、体調管理をしていなかった自分だ。
「たしかに、お前の残った仕事はやったが、お前は三日間、遠くに視察に行ってたんだろう?」
「………まぁ…」
「それに、俺に仕事を頼んだわけではない」
「…………そうだけど……」
「なら、これは俺が勝手にやっていた事になるだろう。気にしなくていい」
な?と、呂蒙は甘寧に笑いかけた。
おっさんがいいならいいけどよ、と、目線をそらしながら頭をかいた。
「じゃ、俺行くわ」
「まだ来たばかりじゃないか。用事でもあるのか?」
「んー……とくに用事はないんだけどよ。ほら、見つかったら、うるさいだろ?」
「誰にだ?凌統か?」
「ちげーよ。陸遜。"呂蒙殿はお疲れなのです。会うのは元気になってからにしてください"って言ってたのを無視して来たんだ」
「……陸遜が……」
「そ。おっさんが良く眠れるようにって、人払いまでしてたらしいぜ?」
聞いた話だから、本当かどうかは知らんけどなぁ〜と、甘寧はのんびり言った。
そして、早く治せよと呂蒙の肩を軽く叩き、部屋を出て行った。
呂蒙はそんな甘寧を見送り、再び寝台に顔をうずめた。
* * * *
凌統は呂蒙の部屋に来ていた。
といっても、この部屋の主は病室で寝ているので、今は誰も居ない。
凌統がこの部屋にいる理由は、ただ忘れ物を取りに来ただけ。
呂蒙のために買ってきた、綺麗な髪留め。
紐の上からかぶせるタイプのヤツだ。
呂蒙が倒れた時、そのまま呂蒙の部屋においてきてしまったのだ。
すっかり、その存在を忘れていた。
というか、その存在を忘れてしまうようなことがあったから。
呂蒙が倒れたというのも理由の一つだったが、もう一つ、理由があった。
陸遜の、裏の顔を知ってしまったこと。
あれは、見るべきではなかったと、凌統はいまだにそう思っている。
一瞬見た、陸遜の狂ったような笑顔。
無理矢理笑ったような顔でも、怒りを隠すために笑った顔でもない、狂った笑顔だった。
それは、本当に一瞬だった。
だが、凌統は、その瞬間の顔を、今でもはっきり覚えていた。
同時に、どこか自分に似た雰囲気を感じた。
何故だかは、よくわからないが、確かに、そう感じたのだ。
こつん。と、手に何かあたる感覚がして、ようやく思考を現実に引き戻した。
それは、机の下に転がっていた。
綺麗な石が埋め込まれている、二つの金色の髪留め。
…………の、はずだった。
「……なんだよ、これ……」
凌統が手にしたのは、昨日買ってきた髪留めとは、明らかに違っていた。
それは、塗装がはがれ、すすまみれになっていた。
そして、一つ、なくなっている。
もう一つあるはずの髪留めは、いくらさがしても見つからなかった。
不審に思いながらも、凌統は、すすにまみれた髪留めを手にして、呂蒙の部屋を後にした。
* * * *
気付くと、部屋が淡い赤色に染まっていた。
久々にゆっくりできたので、本を読んだりしていたら、あっと言う間に時間がすぎてしまったようだ。
本当は昼ごろまでにして、それからは仕事をやるはずだった。
しまったと思い、ゆっくりと自身を寝台から下ろす。
とりあえず、この服を着替えて、陸遜がやってくれている仕事を引き受けて……
それから、たまりにたまっている報告書に目を通さなければいけない。
確実に、二三日で終わる量ではない。
また、寝ずにやったら倒れるかな……と、そんな事を思いながら、程ほどにしようと自分に言い聞かせ、いつもの服に手をかけた……
そのときだった。
「呂蒙殿。何してるんですか?」
呂蒙は驚き、声のした方を振り返った。
そこには、水や湿った布をもった陸遜が、立っていた。
にこにこと、優しい笑みを浮かべて。
気配が、まったく無かった。
呂蒙も武人。
人の気配には人一倍敏感なはずだった。
だが、その呂蒙にも、陸遜の気配は感じられなかった。
扉を開く音、歩く音。
それらの音も、聞こえてこなかった。
まるで最初から、そこに居たかのように。
最初からそこに居て、ずっと、俺を見張っていたのではないか。
何故か、鳥肌が立った。
ずっと、付きっ切りでそばにいてくれたなら、ありがたく感じるはずなのに………
陸遜の優しい笑みを見ていると、なぜか恐怖心が沸いた。
自分でも、何故だかわからなかった。
ただ、怖い。危険だと、本能が告げているのだ。
「呂蒙殿……?どうかなさいましたか?」
陸遜は、硬直している呂蒙の顔を覗き込んだ。
一瞬、考えていることを気付かれたかと思ったが、そうではないようだ。
この少年は、純粋に、自分を心配している。
その目をみて、呂蒙はそう思った。
「あ……いや、べつに………」
「そうなんですか?ならいいんですけど……」
それより、今日はまだ寝てなきゃいけません。と、陸遜は強引に呂蒙を寝台に戻した。
そして、持ってきた水を、呂蒙に差し出した。
「明日になったら、外出許可がでますから、それまでの辛抱ですよ」
「……でも、俺は仕事が……」
「大丈夫ですって。仕事の大半は私がやっておきましたから、安心してください」
「へ……!?あの量をか!?」
「ええ。でも、呂蒙殿が目を通さなければいけないのは、まだのこってるので、明日は夜まで部屋にこもりっきりになりそうですが…」
陸遜は申し訳なさそうに肩をすくめたが、呂蒙にとって、それはものすごくありがたかった。
二三日、寝ずにやる事を覚悟していたものを、陸遜が半分以上終わらせてしまったのだ。
「すまないな……陸遜。大変だっただろう?」
「あ……いえ、そうでもないんです……」
「え?」
「実は、呂蒙殿がためていた仕事の三分の一くらいは、あの文官がサボったものなんです。だから、私はそれを返してきただけです」
「返したって……。というか、それは俺にしかわからないものだからと、俺に回ってきた仕事なんだが…」
「いいえ、呂蒙殿。それが違うんです。あの文官、呂蒙殿に仕事を押し付けて、自分は女性とあそんでいました」
どうやら陸遜はその文官が仕事をサボり、女遊びをしていたことを突き止め、それを理由に仕事を返したのだという。
呂蒙は呆れて、思わずため息がでた。
その文官もそうだが、陸遜も、よくそこまで突き止めたものだ。
「あと残っていたのは、私がやれる程度のものでしたので、やっておきました」
「……そうか。まぁ、とにかく、有難う」
「いいえ、お気になさらないでください、呂蒙殿。私が好きでやったんですから」
そう言って、また陸遜は笑った。
それは、間違いなく無垢な少年の笑みだった。
あのとき、この少年からの笑みに恐怖を感じたのは、きっと間違いだったのだろう。
ずっと仕事をやっていたようだし、そこに居続けるのは無理だ。
そう、気のせいだ。
そんなはずはない。
きっと、自分の思い違いだ、と、呂蒙は自分に言い聞かせた。
「あ、呂蒙殿、これ、呂蒙殿の部屋に落ちていたんですが、呂蒙殿のですか?」
そう言って、陸遜は、懐から綺麗な髪留めを呂蒙に差し出した。
それは、髪を結った紐の上からかぶせるタイプの物だった。
その髪留めは、中心部分に綺麗な石が埋め込まれており、周りは金で塗装してある、立派な物だった。
だが、呂蒙はその髪留めに見覚えがなかった。
「いや……違うと思うが……。本当に俺の部屋にあったのか?」
「はい。……だれかの見舞い品でしょうか……?」
「うーん、そうかもしれんなぁ。でも、俺はそんな立派な物、とても貰えんな……」
そもそも、呂蒙は、あまり身だしなみを気にする方ではなかった。
必要最低限の物があれば、それでいいと思っているからだ。
「なら、私がこの品を持ってきた人を探して返しますよ」
「でも、だれが置いて行ったかわからんだろう?」
「そうでもないと思いますよ。人に聞けば、誰かわかるかもしれません。呂蒙殿の部屋に出入りする人間は、たいてい見られてますから」
「そうか?……なら、お願いしてもいいか?」
「はい。まかせてください」
陸遜はそう言うと立ち上がり、にっこりと微笑むと、部屋を後にした。
その笑みは、作ってうかべたとは思えないほど、その少年にあった完璧な笑みだった。
呂蒙が、その笑みの意図に、気付くことは、無かった。
続く
やっと第三話までいきました。。
一度全部書き終わったんですが、気に入らなくてもう一度書き直したのが運のつきでしたorz..
やっとちょっとこの話しの雰囲気が出てきたかな?
まだまだ、物語は進んでいきます。