むかしむかし。

あるおとこのこがまいにちのように歌っておりました。

おとこのこは、歌うのがだいすきでした。

おとこのこの歌は、そのむらでもひょうばんでした。











     ハ ジ マ リ の 歌

























「呂蒙殿。この間の件なんですが…」


明け方。呂蒙が仮眠を取ろうとしていたところに陸遜がやってきた。
凌統は陸遜が仕事の用事で呂蒙の部屋に来たと知ると、とたんに不機嫌そうな顔になった。
陸遜はそんな凌統を見て、しまったと、気まずそうな顔をした。

「あ、すいません…今から仮眠でしたか?」


しかし、呂蒙は苦笑しながら、寝台から降りて、陸遜のそばに駆け寄った。


「いや、かまわん。なんだ?」
「え…っと、この間の周瑜殿のお話の…」


…。
なんだよ。俺がせっかく説得してやっとのことで仮眠を取ってもらおうとしたのに。
呂蒙さんも呂蒙さんだ。
貴方は……もっと自分の体を大切にするべきなのに。
どうして、貴方はそんなにお人よしなんだ。


面白くない。
誰にでも優しく接するのは、呂蒙の長所だと、それは凌統もよくわかっていた。
しかし、この人は他人を気にしすぎて、自分のことまで頭が回っていないということも、よくわかっていた。

昨日から、呂蒙はろくに寝ていない。
甘寧が仕事の書物を出し遅れたおかげで、呂蒙は一晩中甘寧の仕事のチェックをしなければならなかったのだ。
その仕事が終わったら、絶対に寝るという約束をして、俺は自分の部屋に戻った。
が、一、二時間後にまた呂蒙の部屋を訪れると、凌統が部屋を出たときと少しも変わらない体制で仕事を続けていたのだ。

甘寧の書物のチェックはもうとうに終わっていた。
しかし、呂蒙は一度仕事をし始めると、回りが見えなくなる。
おそらく、ついでに。と、また新しい仕事でもやっていたのだろう。
それをやめさせて、仮眠を取るように言って、ようやく寝始めようとしていたときに、これだ。


むかつく。


本人は気付いていないだろうが、陸遜は必要以上に呂蒙にくっついていた。
陸遜もまた、呂蒙に思いを寄せている一人だった。 そんな様子を見て、嫉妬心にも似た感情が、凌統の胸に渦まいた。
その醜い心を呂蒙に見られたくなくて、凌統は何も言わずに部屋を出た。
行くあてはない。
けれど、あそこは居心地が悪い。
呂蒙と陸遜は、凌統にはよくわからない話ばかりしているだろう。
その話に入り込む理由も、知恵も無い凌統は、ただぽつんと、そこに取り残されたように居るだけに決まっている。

それが、時期軍師候補となってしまった呂蒙と凌統との距離だった。

ふと、足を止める。
いつの間にか、足は門の方に向いていた。
今日はちょうど涼しい風が吹いていたので、ちょっと外に出てみることにした。


とくに、理由は無いけれど。




















* * * *




「……と、こうなるわけだ。………陸遜?」

説明をし終えた呂蒙が顔を上げると、陸遜はぼーっとした様子で、呂蒙を見ていた。


「おーい。陸遜。聞いてるか?」
「え?あ、はい。すいません。少しほかの事を考えてしまっていました」


呂蒙が陸遜の肩を軽く叩くと、ようやく気付いた。
調子でも悪いのかと聞く呂蒙に、陸遜は大丈夫ですよと、笑った。
ぼーっとしていたのは、呂蒙のことを考えていたから。
そういう目で見ていたのに、調子が悪いのかと聞いた鈍さは、流石というか、なんというか。
まぁ、呂蒙殿らしくていいですけどね。と、陸遜は心の中で苦笑した。



実は陸遜は、今呂蒙が説明したところはすべてわかっていた。
なのに質問した理由は、凌統が呂蒙を寝台に促していたから。
それを見た陸遜は、とっさに部屋の扉に手をかけていた。
どうしても邪魔したかった。
幸い、手には先ほどの会議の書物。
話を持ち出すには、十分すぎるほどのものだった。

狙いは、凌統が絶対に入ってこれない話題を持ち出し、凌統を追い出す事にあった。
陸遜の予想通り、会話に入って来れなくて取り残された凌統は、部屋を出て行った。
……まぁ、呂蒙が仮眠を取ろうとしているだけだというのは予想外だったが。


ふと、呂蒙の顔を見た。
よく見ると、呂蒙の目の下には、何日も寝ていないとつかないようなクマがあった。
悪い事をしてしまったかな。という罪悪感が陸遜の胸をよぎる。
せっかくの睡眠時間を、陸遜がつぶしてしまったも同然だから。


「呂蒙殿、何日くらい寝ていないんですか?」


思わず口に出してしまっていた。
呂蒙が、書物を見ていた目を、陸遜にあわせる。
心配しているような、でも、少しだけ怒っているような、そんな目。
呂蒙は苦笑した。


「そうだなぁ……今日で四日目くらい…だな」
「そんな!そのうち倒れてしまいますよ!?少しは寝ないと」


言った後に、陸遜はしまったと思った。
寝ようとしていたのを邪魔したのは自分なのに…。何言ってるんだ、私は。


「…すいません、私が呂蒙殿の睡眠時間を削ってしまったも同然ですよね…」
「いや、いい。わからなかったんだろう?わからないままにしておくよりは、誰かに聞いたほうが言いに決まってる。たまたまその時間に俺が寝ようとしていただけなんだ。陸遜が悪いわけじゃないだろう?」
「…………ですが……」
「心配するな。今日はちゃんと寝るから。それより陸遜、戻ったらまた読んでおけよ?」
「あ……、はい。わかりました」


そういって、陸遜は書物を受け取った。
本当は見直す必要などない。
最初から、すべてわかっていたのだから。



醜い自分を見た気がした。
そして、同時に、この人が本当に綺麗な人なんだと、あらためて思い知らされた。
誰にでも優しく、誰にでも好かれる男。それが呂蒙。
そんな呂蒙とは似ても似つかない、真っ黒に染まった、汚い自分。
つりあうはずも無かった。
最初からわかっていた。
それでも諦めきれずに、呂蒙に近づく者を、男女関係なく少しづつ排除してきた。
明らかに呂蒙に好意を寄せている者を見つけては、さりげなく邪魔をしてきたのだ。
そいつらが呂蒙に寄せている想いを、呂蒙が知ってしまう前に。

ただ、やっかいな人物が、一人居る。


その名は、凌統。


凌統が呂蒙に寄せている想いは、今まで陸遜が見てきた者達のながで、ずば抜けて強い。
そして同時に、もっとも自分に近い存在でもあった。
彼が持っている嫉妬心は、陸遜と同じ……いや、陸遜以上だといってもいいだろう。
いつ、それが爆発するか、わからない。
爆発してしまったら、呂蒙がどうなるかぐらい、簡単に想像がつく。

それぐらい、凌統は陸遜にとって、危険人物なのだ。

はやく排除してしまわないと、自分と同じぐらい汚い人に、この人が汚されてしまう。
二度と呂蒙殿に近づけないようにしてしまわないと。
そう…二度と。


「――遜。陸遜!」
「え、あ、はい?」


気付けば、呂蒙が心配そうに陸遜を見ていた。
いろいろと考えてるうちに、少し表に出てしまっていたらしい。
しかし、そこは呂蒙。それが嫉妬心からくる表情だという事に、気付かない。
その鈍さは、今の陸遜にとっては好都合だった。


「本当に大丈夫なのか?かなり目がきつくなっていたぞ…。相当疲れてるんじゃないのか?」
「それは……」
「とにかく、部屋に戻って休め。俺もこの仕事が終わったら休むから……」
「………はい。わかり、ました」


これ以上長居する理由もないので、呂蒙の言ったとおりにすることにした。
立ち上がって、呂蒙に一礼すると、陸遜は呂蒙の私室を出ていった。



扉の閉まる音が聞こえる。
同時に、睡魔が襲ってくる。
だが、それに耐えながら、呂蒙は筆を滑らせた。




















* * * *




凌統が戻るころには、もう夕方になっていた。
ちょっと町にでるつもりが、すっかり遅くなってしまった。
そのおかげで、凌統の中に渦まいていたものは消え去ったけれど。

門をくぐる。
そして、凌統の足は、真っ先に呂蒙の部屋に向かっていた。
見せたいものがあった。
一刻も早く、呂蒙に見せたくて、次第に足は早くなっていった。

呂蒙の部屋の前に着くと、一呼吸おいて、扉に手をかけた。
勢いよく扉が開く。
凌統が目にしたのは、机に突っ伏している呂蒙の後姿。
ピクリとも動かないところを見ると、寝てしまっているのか。
そう思って、できるだけゆっくり近づいた。


「呂蒙さん」


返事は無い。


「呂蒙さん?」


凌統がそっと呂蒙の肩に触れた。
返事は無い。
軽くゆすってみるが、返事どころか、反応さえも示さない。


「呂蒙さ――…」


ぐらり。
呂蒙の体が机から離れ、そのまま床に倒れこんだ。

机に置いてあった筆が、音を立てて床に落ちた。


「呂蒙さん!?呂蒙さん!!?」


必死にゆする凌統。
だが、やはり呂蒙が返事を返す事は無かった。
呼吸はしている。
が、気を失っているあたり、安心はできなかった。

凌統は呂蒙を抱え、急いで部屋を出た。





部屋には、筆と、綺麗な色をした髪留めが二個、転がっていた。














続く












始まりました。新たな連載が。
しかもなんか怪しいですね。
まだまだこんなもんじゃないですけど・・。

ぜんぜん関係ないんですが、TOPページ、なんか自分で作ってて怖くなりました(どんなチキンだよ

こんな感じでだらだら続いていきます。
TOPでなんか書いてあった警告(?)どうり、なんかどんどん皆が狂っていきます。
苦手な方は、ご注意を・・・。