"あか"を失った世界で
俺は…生きている
赤 い 世 界
仮釈放のめんどくせぇ手続きが終わってまず俺が向ったのは、「成歩堂龍一」の元だった。
アイツがもう弁護士をやっていないのも
その理由も知っていた。
今働いている場所をいつぞやのヒゲ刑事に聞いて……
夜中にも関わらず、俺は歩いてそこに向った。
普通に考えれば、車の一つでも使うだろうに……
俺はそうしなかった。
アイツは車を持ってないと知っていたから
歩いていったら会えるかもしれないと思ったのだ。
俺の予想は当たった。
随分見た目は変わってしまっていたが、かもし出す雰囲気で俺は奴だと分かった。
しかし、俺との再会をアイツは喜ばなかった。
いや………
喜べなかった…のだろう。
数分会話を交わすと、アイツは「病院へ行く」と言った。
俺が「付き添う」といっても、アイツは強引に歩き出してしまった。
……おかしいとは思っていた。
アイツの足取りはおぼつかないし、常に腹を押さえていた。
だが、俺はそれを『酔い』のせいだと自分に思わせ…
その疑問を頭の隅に追いやった。
俺には決定的なモノが見えていなかったのだ。
そう…
ヤツの白いTシャツに広がる…
赤い…染みが。
アイツの背中を見送って……
俺の疑問はようやく頭を持ち上げた。
いくらなんでも、酔っているとしてもだ。
あれは………あの歩き方は……おかしい。
悪いとは思ったが、後をつけさせてもらった。
気になっちまった……と、いう事にしておいて欲しい。
アイツはゆっくり、ゆっくり、病院へと歩いていった。
俺は当然、正面の入り口から入ると思っていたのだが……
俺の予想を裏切って、病院の影に消えていった。
アイツの後を追って見ると、アイツが消えたあたりに……
『関係者用出入り口』と、書かれた扉があった。
……ちょっと、ちょっと待て。
あれか?実はまるほどうは病院関係者なのか?
いや……違う。
だとしたら……だとしたら、考えられるのは………
"公にされては不味い"事がある……って、事か…?
嫌な予感というものは、どうして此処まで当たるのだろう。
真実を知るのは簡単だった。
少々強引にだが……
病院の院長からまるほどうの診断カルテを見せてもらっただけ。
偽装カルテを作る前だったらしいから、そんなに時間はかからなかった。
カルテに書かれていたのは
<銃弾による腹部の負傷>……という文字だった。
なるほど、知られちゃ不味いわけだ。
俺は一人で納得した。
なんとなく予感はしていた。
だから俺は此処まで冷静で居られたのかもしれない。
医者の話しとカルテでは、そんなに傷は酷くなく、
手術後、一週間ほど絶対安静にしていれば、日常生活くらいは送れるようになるのだそうだ。
真実を一通り喋らしたあと、「この事は口外しない」と約束し、
俺はおもむろに携帯を取り出した。
小さな液晶画面に浮かぶ文字が、ヤツに届くかはわからない。
届いたとしても、ヤツの心には届かないかもしれない。
けれど、それでも……俺は
枕元に置いた携帯が音を出して存在を主張した。
僕はあわててその音の流れをせき止めた。
コネで個室に入れてもらったとはいえ、此処は病院なのだ。
しかも、真夜中の。
小さな音でも目立ってしまうし、何もしらない看護士にとやかく言われるのも面倒くさい。
足音がここに向っていないのを確認して、僕は携帯のボタンを押す。
送信者の名前は
<ゴドー>だった。
「あちゃー……不味い、これは不味い…」
僕は頭を掻いて液晶画面を見た。
察しのいいゴドーさんの事だ。
きっと何かに気がついて、それを確認するメールを送ったに違いない。
面倒ごとだけは避けたかったのにな。
僕はため息を吐きながら、意を決してメールの本文を開く。
メールの内容は………
僕の予想を裏切るような内容だった。
送信者:ゴドー
タイトル:無題
本文:
まるほどう。
何があったかは知らねぇし、深く追求する気もねぇ。
お前もソレは望んじゃいないだろうしな。
……けどな、これだけは覚えとけ。
俺の生きがいはまるほどう……お前だった。
もちろん、いい意味でも、悪い意味でも…だ。
それは今も変わらねぇ。
だがな、今は……昔の俺とは決定的に違うモノがある。
コーヒーも、豆が無きゃただのお湯だ。
だが、豆だけでも飲めやしない。
たとえ両方そろっていても、カップが無ければ飲む事もできねぇ。
…どれか一つが欠けたら駄目なんだよ。
つまり、だ。
今のお前の全てが俺には必要なんだ。
情けねぇ話しだが、俺はお前無しじゃ生きていけねぇ…
身勝手だというのは分かってるさ。
だがな、もう無理なんだよ。
俺の全てであるお前が、これ以上何かを無くす姿を見るのは。
俺はまた何も出来なかった。
牢獄でまた、四年間のんきにおねんねしてたわけだからな。
だから、今度は……
今度は、俺と共にいて欲しい。
俺と共にいて、俺の見えない、"赤の世界"を教えて欲しい。
まるほどう
お前が、好きだ。
そして、そこで僕の手が止まった。
それから僕は、まるでときが止まったみたいに
ただひたすら携帯の液晶画面を見ていた。
ようやく僕の時が動き出したのは
僕の頬に何かが伝った時だった。
それはまるで蛇口を勢い良くひねったみたいに…
どんどんと流れ出していた。
いくらぬぐっても、あふれ出してくるそれ。
もうすっかり錆付いて使えなくなってしまったかと思ったのに。
「あは、は……、またあの人は、意味不明なこと、言って…っ…」
僕は小言を途切れ途切れに呟きながら、流れをせき止めようとしてみたけれど、
裾にシミを作っただけで、一向に止まる気配は無かった。
そして僕は泣き止もうとすることを諦めた。
今、この時は……
ただ、流されたい。
昔のように、泣きじゃくりたかった。
あぁ、赤の世界よ
もしもまだ許されるのなら
再び彼に、僕に手を差し伸べてください
穢れたあかも、きれいな赤も
一緒に見つめていける人が居るから
こんにちは
お帰りなさい
赤の世界……
end.