「オドロキ君……ジュース飲みたい…」






「駄目ですよ。みぬきちゃんから飲ませないようにって、きつく言われてるんですから」





「お願い……ちょっとだけ……ね?」
































「……………………ちょっとだけ、ですよ?」




























結局、折れるのは俺。





駄目だ駄目だと思っていても



どうしても「少しなら」と思ってしまう。

























俺はこの人に甘いのだろうか…?
















































ー プ ジ ュ ー ス




























































「あ―――っ!!!パパ!またジュース飲んでっ!!!」



成歩堂さんが、二本目のぶどうジュースを口に含めたところで、ついにみぬきちゃんに見つかった。

ばつが悪そうに笑いながら、みぬきちゃんに謝る。

それでも、成歩堂さんはジュースを離そうとしない。






「はは、ごめんごめん。どうしても我慢できなくてさ」

「まーたパパったら、オドロキさん利用したでしょう!?」

「みぬきちゃん………利用したって言わないでよ………なんか、切ない……」

「オドロキさんもオドロキさんです!!なんでいう事聞いちゃったんですか!」






どうやら、怒りの矛先は俺に向いてしまったらしい。


……まぁ、たしかに飲ませてしまった俺が悪いんだけど。







「いいじゃないか……少しくらいだったら……」

「パパが"少し"で済むって、本気で思ってたんですか…?」

「………………スミマセンデシタ」







うう………本気で怒られてしまった……。


たしかに、あの成歩堂さんが"少しでいいから"と言って、少しで済んだためしが無い。

現に今、一口だけという約束を見事なまでに破って、二本目に突入している。




けれど、たかがぶどうジュースで、何故あんなに怒るのだろう。


………まさか、目玉が飛び出るほど高いジュースだったとか……









「みぬきちゃん、あれ、実はすごい高いジュースだったとか……?」

「いいえ?パパのお店からタダで貰ったやつですけど」

「……………ああ、そうですか」







タダ……つまり、0円ですか。そうですか。

だったら、経済的に見れば逆にオトクじゃないか。




ますます、みぬきちゃんがここまでして禁止にしたがる理由が分からなくなった。








「ねぇ、みぬきちゃん。どうしてそこまで禁止にしたがるの?」

「え」

「だって、タダなんでしょ?あのジュース。だったら、いいじゃんか」

「………それは……」








何か言いにくい理由でもあるのだろうか。

みぬきちゃんはふい、と、顔をそらして何か考え込んでいる。


そして俺の腕をつかむと、成歩堂さんのいるリビングに向かって叫んだ。






「パパー!!みぬき、今からオドロキさんと買出し言ってくるから、もう飲まないでよ!!」

「え?ちょ、みぬきちゃん、買出しって、何を?」

「いいから!ついてきてください。パパ、行ってきます!」

「うん。気をつけてね」








そして俺は、半ば強制的に事務所の外に連れ出された。

バタン、と、扉の閉まる音を確認して、みぬきちゃんは俺の手を引いて歩き出す。

























































しばらく歩いて、近くの公園のベンチに二人で座った。




けれど、座ってからみぬきちゃんは口をきつく噤んだまま、何も喋らなかった。


痛いほどの沈黙が俺の方に圧し掛かる。

俺から話題を振る空気じゃないから、

俺はただみぬきちゃんが口を開くのを待った。




「オドロキさん」




意を決したように、みぬきちゃんが俺の名前を呼んだ。




「あのね、オドロキさん。パパがお医者さんにぶどうジュースを止められてるのは、知ってますよね?」

「う、うん…まぁ……」

「実はあれ、止められてる理由は"体に悪いから"ってわけじゃないんです」

「………………それって、どういう事……?」

「………お酒と違って、沢山飲んでも普段の食生活さえしっかりしてれば問題ないんです」

「じゃぁ、なんで…」










































































「……精神的依存症なんです。パパ」





























































一瞬、時間が止まったような気がした。

周りで遊んでいた子供たちの声が急に聞こえなくなって、

俺たちがいる空間だけ隔離されたようだった。






今、この子はなんて言った……?


































せいしんてきいぞんしょう

その言葉が、漢字に変換されることなくぐるぐると頭を回る。




そんなものは、教科書やテレビの中の世界で起きているものだと思っていた。

まるで人事のように。



けれど、彼女は今俺が一番近くに居る人を、その世界の住人なのだと言った。






精神的依存症。

頼りにしている対象にのめりこんで、自己コントロールを失ってしまうこと。



つまり、「やめられなくなる」……





その理由は様々だが、一番多いのが

"過度のストレス"から逃れるため、だ。







「そんな…成歩堂さんが……」

「パパ、ぶどうジュースを精神安定剤代わりにしてるみたいなの…」










みぬきちゃんの話しによると…

成歩堂さんは何時の日からか、お店からぶどうジュースを持ってくるようになったという。


それからというもの、何もしていないときは常にジュースを飲むようになってしまって、

心配になって無理矢理病院に連れて行ったところ、「精神的依存症」と診断されたのだという。





「悩み事とか、嫌な事とか……パパ、絶対に人に言わないの」



























「だから、それを自分の中に押し込めるために飲んでるんだと思うの…」



























悲しそうに視線を下に向けて、みぬきちゃんは言った。



……そういえば、成歩堂さんが、誰かに悩みを打ち明けている姿を見た事が無い。




「だから、一回、なんとか飲むのをやめさせて、パパのお友達に頼んでパパの愚痴を聞いてもらったんです」







成歩堂さんをその友人に預けてから、5時間後…

成歩堂さんは、その友人に担がれて事務所に運び込まれたらしい。


その友人は、みぬきちゃんが何を聞いても「成歩堂を頼むな」としか言わなかったそうだ。




「だから、パパにあのジュースを飲ませたらいけないの」





そう、最後にみぬきちゃんは言った。











ジュースと一緒に、成歩堂さんの辛いものも中に流れてしまう。

それを食い止めなければならないのだと。














また、沈黙が訪れた。


みぬきちゃんから継げられた言葉が、重なり合って頭の中で暴れていた。

なんとかそれを収まらせて、思考を無理矢理動かす。




けれど、いくら必死に考えを巡らした所で、

俺がいい解決策を考え出せるはずが無かった。





みぬきちゃんでさえ、今の今までかかえてきた問題を、

ぱっと出の俺がとやかく言えるわけが無いのだ。




何度目か分からないため息を吐くと、みぬきちゃんが俺の方を叩いた。




「…ごめんなさい、オドロキさん。考え込ませてしまって」

「いや、いいよ。俺が勝手に必死になってるだけだし…」

「でも、嬉しいです。パパのためにそんなに考えてくれるなんて」




言葉通り、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて、彼女は言った。


あぁ、この子は本当に成歩堂さんの事が好きなんだなぁ。



今更そんな事を考えると、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。














中途半端な、こんな俺に今できることは…



































俺はそこまで考えて、重い腰を上げた。

一瞬、みぬきちゃんは驚いたように目を見開いたが、すぐに同じように立ち上がった。









「…みぬきちゃん。俺に今の成歩堂さんは変えられないけど、できる事から一緒にやっていこう」

「オドロキさん……」

「さて、まずは成歩堂さんが飲んでるジュースのすり替えからだね。代わりのジュース、何にしよっか?」







ぱんぱんと、ズボンについた砂を払って、みぬきちゃんの方を見た。

一瞬、泣いているように見えたけど……

すぐに笑顔になったし、きっと見間違いだろう。










「…そうですね。どうせすり替えるなら、マムシドリンクとかどうですか?」












みぬきちゃんはとても楽しそうに俺の腕を掴んで言った。









「いや、流石にそれはカワイソウだから」

「えー。でも、それくらいしないとパパ。こりませんよ?」

「まぁ、それもそうだけどさ……」

「じゃぁ、とりあえず炭酸系で様子見してみますか?」

「……成歩堂さんがむせるのを狙ってるな」

「えへ。ばれちゃいました?」








でも、いい案でしょ?

そう俺に同意を求めてきて、俺は小さく頷く。


炭酸でむせる成歩堂さん……

ちょっと、見てみたいかもしれない。



















































それから俺たちは、



スーパーの手提げ袋いっぱいに炭酸飲料を買って




成歩堂さんとみぬきちゃんが好きなお菓子を買って






これから頑張ろうね、と、そんな会話を交わした。

























少しづつでもいい。



成歩堂さんの悩みを、外にだしてあげたい。









瓶に入れられたぶどうジュースは酷く濁っているけれど、






コップに移してしまえば綺麗な紫に変わるから。








































いつか成歩堂さんの瓶が空になるまで









隣を歩く小さな魔術師といっしょに、飲んでいきたいと思う。











































空になった瓶を持って笑っている成歩堂さんを想像しながら






























俺は手に持った袋を持ち直した。

















































































end.