いーち







にーぃ








さーん








しーぃ…………




















もーいいかい?



































もーいいかい……?

















































か く れ ん ぼ





















































あの、忌まわしい事件から、もう4年が経とうとしている。


早いものだ。

時の流れというものは。



その流れの速さゆえに、俺が気付かないうちに、全てを流れ去ってしまう。




記憶

思い

大切なもの




俺が走り回ってやっと手にしたものを、一瞬で持っていってしまう。

その、恐ろしいほどの速さは、俺のようなちっぽけな人間では、止められない。


つくづく、間抜けなハナシだ。


























アイツが弁護士バッチを奪われたと聞いたのは、

冷たいコンクリートで覆われた部屋にぶち込まれてから……



一年も経たない頃だった。







聞くところによると、どうやらまるほどうはハメられたらしい。


まるほどうの相手をした検事は、アメリカから帰国したばかりの若い坊やだったと言う。








もし、俺がそばに居てやれば……

何かアイツにしてやれたのではないか?


もし、相手がその坊やじゃなくて、俺だったら。

そんな事にならずにすんだのではないか……?






そんなくだらない後悔だけが

俺の胸に、闇となって広がった。



































気がついたとき、俺はまるほどうの住んでいたアパートに来ていた。

しかし、現在そこに住んでいたのは……あいつじゃなかった。











……4年。

俺が仮釈放されるまでの期間。


たった4年の間で、まるほどうの代わりがそこに居座っていた。



そこの大家から話しを聞くと、どうやらあいつは事務所で寝泊りをしているらしい。

















娘と、一緒に。




































事務所の場所は知っていた。

だから俺は、事務所までの道のりを歩く事にした。


少し遠いが、別にそこまで言うほどの距離じゃない。

それに………



心の準備をする時間が、欲しかった。



それが本音だ。

















眩しいほどに太陽に照らされた道を歩く。


4年前まであった建物が消え、知らない建物が建っていた。

随分と雰囲気が変わった気がする。


道は変わらないはずなのに、何故かまったく知らない場所を歩いているような気持ちになった。











そうこうしているうちに、今、あいつが住んでいるという事務所に着いた。

扉に張り付いた紙を見て、俺は思わず声を上げそうになった。





『成歩堂芸能事務所』




そう、ペンで書きなぐってあった。


俺は何かの見間違いではないかと、ゴーグルを軽くこする。

けれど、いつまで経っても"芸能"という文字が、"法律"に変わる事は無かった。





ある程度予想はしていた。

けれど、いざ現実と向き合うと、此処まで重いものだとは…。






意を決して、扉を叩く。


返事は無い。


俺は不安になり、その扉を引っ張ると、いとも簡単に俺を招き入れた。






昼だというのに、部屋は薄暗かった。

おそらく、カーテンを開けていないのだろう。











「どなたですか?」









奥の部屋から、気だるそうな声が聞こえた。

それに遅れて聞こえる足音。








「………ゴドー……さん」

「…よォ……まるほどう」









まさか俺が此処にやってくるとは思わなかったのだろう。

ニット帽に隠れかけていた目が、大きく見開かれたのが分かった。






「…驚いた。脱獄でもしてきたんですか?」

「クッ………。そうして欲しかったかい?コネコちゃん」

「いえ、別に。面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なので」

「………随分、言うようになったじゃねぇか……まるほどう」

「それはどーも」






俺の事などまるで興味が無いとでも言うように、俺の嫌味をさらりと流した。

……昔と、比べるつもりは無いが…




「随分、変わっちまったようだな…」




思わずそう呟いてから、俺は後悔した。

"変わった"など、今一番言ってはいけない言葉だったのに。



しかし、言ってしまった事はもう取り消せない。

痛いほどの沈黙が続く。




その沈黙を破ったのは、あいつの笑い声だった。







「ふふ……皆そう言いますよ。…ここに来た人、皆…ね」

「まるほどう…」

「知ってますか?ゴドーさん。人は変わるんですよ」




それがたった一日でもね。と、まるほどうは付け加えた。




「皆、馬鹿ですよねぇ。弁護士の"成歩堂龍一"は死んだのに」





ね?と、俺に同意を求めるように笑った。

表情はたしかに笑っていたのに、なぜか泣いているように見えた。


無理に作った表情が痛々しい。





「……俺の知っているまるほどうは死んだ……そう主張するのかい?」

「ええ。そうです」

「異議あり、だぜ。まるほどう」

「…何故ですか?」

「じゃぁ、今俺の目の前に居るヤツは、誰だ?」





俺の問いかけに、まるほどうはくすりと笑う。

俺の好きだった黒髪を隠すニット帽を、さらに深くかぶる。

まるほどうの目は、完全にニット帽に隠されてしまった。


泣いているのか……?


そう思った時。








「そうですねぇ…………じゃぁ、名前、付けてくれませんか?」

























「何時までも、死んだ奴を名乗るの…嫌ですし」






























そいつは、笑ってそう言いやがった。


俺は衝動的に、目の前に居る男の胸倉をつかんだ。



ゴッ―……という、壁に背中を打ち付ける鈍い音が響く。

奴は痛さに呻いたが、俺はそんな事など気にする暇など無かった。





「……もう一度…言ってみろ」

「……だから、もう死んだ奴の名で呼ばれるのは嫌なんですよ」

「何だとっ……!?」





開いた方の手がぎり…と、音を立てて握られる。

それに気がついたのか、奴はその様子を鼻で笑った。





「殴りたければ、殴ればいい」










「僕はそんなもの、痛くも痒くもない……」
















ガッ…と、鈍い音が廊下に響く。


それに遅れて、俺の拳がジンジンと傷む事に気がついた。

俺の目の前に居たはずの男は、殴られた頬を押さえて座り込んでいる。





「…お言葉に甘えて、殴らせてもらったぜ。大馬鹿野郎の顔をなァ……!!」







まだ震える拳を押さえ、座り込んだまま動かない男に言い放つ。


目を覚まして欲しかった。

昔のように、笑って欲しかった。



ただそれだけの願いさえ、いとも簡単に崩れ去ってしまうことを思い知った。





「貴方に……何が分かる」




震える声を搾り出すように、まるほどうは言った。





「何も知らない貴方が、僕の何が分かるっていうんだ!!」













「僕だって、未だに何が起こったか理解できていないのに!!!」























座り込んだまま、目に涙を浮かべて俺に言葉を突きつける。

その涙が、言葉が……

俺の心を深くえぐった。











「まるほど…」

「違う!僕は貴方の知っている"まるほどう"じゃないっ…!」

「まるほどう、俺の話しを…!」

「黙れ!!もう何も聞きたくない!!」





今にも泣き出しそうな声で、まるほどうは必死に怒鳴る。

俺がまるほどうに触れようとした手を、勢い良くはじかれた。


















「……お願いですから……もう、僕を探さないで下さい…」










「貴方の知っている"成歩堂龍一"を…探さないで下さいっ…」
















そうとだけ俺に告げて、まるほどうは泣き崩れた。





それから……

何を言っても、答えてはくれなかった。


































泣き声にせかされて、俺は扉を開けた。

入ってくる時はいとも簡単に受け入れた扉が、今度は俺を追い出そうとしているように思えた。





振り返って、扉に張られた紙を見る。

『芸能』という文字が、何故かふやけて見えた。













あいつはきっと、沢山泣いたのだろう。

沢山、沢山泣いて……苦さを味わって。


全てを押し込むのに、相当な時間をかけたのだ。

それを、俺は無理矢理引き出した。


傷口に塩を塗るようなことをしたのだ。俺は。
















………人の事を、言えないくせに。

自分の事を棚に上げて…俺は…………






























今更謝っても無意味だとは知っていたけれど

俺は何度も、何度も謝った。






























































もーいいかい?








探す相手もいないのに、俺はただ繰り返す









まるで、許しを請うように
























何度でも


何度でも

















もーいいかい……?










































それはきっと、始まる事も終わる事も許されない














永遠のかくれんぼ






























俺の、罪。





































































end.