秘密の数だけ



人は心に鍵をかけてしまうのだと


どこかで聞いたような気がする






それは冷たい壁として







人との間に立ちはだかるそうだ。






















































































それほど大きくない箱に入った人が、今日の天気を継げている。

今日は雨。
仕事の依頼もナシ。


みぬきちゃんは学校で、成歩堂さんはいつもの如く、留守。

一人成歩堂なんでも事務所に残された俺は、足の踏み場もないほど散らかっている部屋を掃除していた。



「うっわぁ―………どうやったら此処まで汚くなるかなぁ……」



この、汚い部屋に住んでいる住人が今はいないから、俺は普段思ってる事をわざとらしく口にした。

そして、盛大にため息を吐く。

もちろん、こんなため息など、何の意味も無い事をしっている。

ため息で部屋が綺麗になるなら、俺は何もせず、ため息を吐き続けると思う。


でも、そういうわけにはいかないから、俺は物置の奥からはたきと掃除機を引っ張り出してきた。


はたきには、うっすらとホコリが乗っていた。



ホコリを払うものにまでホコリが乗っているなんて、どんだけ掃除してないんだ、この事務所。


呆れながらも、俺ははたきのほこりを払って、まずはチャーリー先輩の頭を軽くなでた。




この中で唯一、成歩堂さんが自ら進んで世話をしているだけあってか



チャーリー先輩は俺が掃除するまでもなく、綺麗だった。


他の所もこんな風に綺麗にしていたら、仕事の依頼も少しは増えるだろうに。















……根拠は無いけど。
























しばらくして、ようやく一通りホコリは払えた。

あとは、床。


この、足の踏み場も無いほどの床をどうにかしないと、どうしようもない。

とりあえず、まずは溢れ変えるマジックの道具をどける事にした。




拾っては袋に入れ、拾っては袋に入れ……

それを繰り返しているうちに、だんだんと床の面積が増えてきた。


さて、あとは成歩堂さんのピアノの周り……か。

ピアノはほとんど使われていないだけあって、みぬきちゃんの荷物置き場と化していた。


先ほどの作業とほぼ変わらない動作を続け、ようやくピアノの回りもすっきりしてきた。



そんな、時。












俺は、ピアノの横の隙間に、隠されるように落ちていた石を見つけた。

いや、これはただの石ではない。


これは………










勾玉……?






















勾玉、といえば……思いつくのは、魔よけか、お守り。

いったい、誰のだろう。
みぬきちゃんのだろうか。



まぁ、この事務所には俺を合わせて三人しか人がいない。

帰ってきたら、二人に聞いてみよう。
きっと、どちらかの持ち物のはずだから。





俺は、その勾玉についてあまり深く考えもせず、ポケットにねじ込んだ。





















































しばらくして、みぬきちゃんが帰ってきた。

作ったご飯を運んで、そういえば、と、みぬきちゃんに先ほど見つけた勾玉を突きつけてみた。


しかし、どうやらみぬきちゃんのものではないらしい。



「え?何?オドロキさん、そんなにみぬきの大魔術が見たいんですか?」と、にこにこしながら言われてしまった。

消されては、後のこす一人に見せる事もできないので、そこは丁重にお断りした。


みぬきちゃんは少し不服そうだったが、すぐに諦めてご飯を食べ始めた。



そういえば、パパまた今日もおそいね、とか

パパ、おなかすいてないかなぁ、とか

パパにもみぬきの新しい大魔術、見てほしかったなぁ、とか……


そんなみぬきちゃんの一方的な会話を交わしながら、成歩堂さんがいない食事は終わった。




そして、いつも通りお風呂に入って、寝る前にテレビを見て、俺は法廷記録を見直して、みぬきちゃんはベットに行く。

綺麗になった机だと、自然とペンの進みも速くなる。



……まぁ、そんな気がするだけかもしれないけれど。









机に向かって、何時間座っていたのだろうか。

腰が痛くて、俺はうーんと、背伸びをした。


そのとき、ガチャリ、と、扉が開く音がした。





「ただいま―……」




寝てると思っているのか、比較的小さい声で、この事務所、最後の一人となる住人が言った。




「あ、成歩堂さん。お帰りなさい」

「って、まだ起きてたの?オドロキ君」

「ええ、まぁ。……筆が進んだもので……」



俺の発言をたいして気に留めなかったのか、成歩堂さんはあたりを見回した。

それから、ああ、と、なにやら一人で納得してうなずいている。



「そっか。部屋、綺麗にしてくれたんだねぇ」



有難う、と、成歩堂さんは笑う。



その顔があまりにも綺麗で、一気に俺の顔に熱が集まった。

そんな俺を知ってか知らずか、成歩堂さんはくすくすと声を殺して笑っている。




「そ、そんなに笑わなくたって……!!」

「ふふっ…いや、ごめん、ごめん。だってオドロキ君、顔真っ赤」

「っ!!」




さらに俺が顔を赤くさせると、成歩堂さんの笑い声も少し大きくなった。

俺は恥ずかしくて、視線をまた書類に戻した。



「あははっ、そんなに、怒らなくても」

「怒ってませんっ…!」

「そうかい?そうは見えないけどね」

「い、異議あり!そんなことより、どうしてこんな夜中まで帰ってこなかったんですか!?」

「えー、何?オドロキ君、そんなに早く帰ってきてほしかった?」

「違いますから!!!!」



思わず、思いっきり否定してしまった。


いや、本当は帰ってきてほしかったんだけれど……

そんな事、言えるわけが無い。



成歩堂さんは、そんな俺をよそに、「つれないなぁ」と、笑っていた。

自分は今、からかわれているらしい……



「からかわないで下さいよ、もうっ……」

「まぁ、いいじゃないか」

「よくないですよ。っていうか、みぬきちゃん、心配してましたよ?」

「……僕を?」

「ほかに誰がいるって言うんですか」




すかさず俺が突っ込みを入れたが、それはあっけなく無視された。

成歩堂さんは「そっか。みぬきが心配してくれたのか」など、一人で嬉しそうにブツブツ言っている。


まったく、この親子は……

まぁ、俺もすっかりなれてしまったんだけれど。



「ところで、今日もポーカーだったんですか?」

「ん?何がだい?」

「何って、仕事、ですよ。遅くなったの、仕事のせいでしょう?」

「…………」















































「まぁ、そんな所……かな」

























































成歩堂さんがそう言った瞬間、部屋の空気が変わった。

一気に、冷たく、思い空気に変わる。

そして、鉄同士がこすれる音が響いたかと思うと



成歩堂さんの周りを、守るように取り囲んだ。






そして。



数え切れないほどの……沢山の錠前が、鎖に現れた。
















「え!!?何!?一体、何が…!」





俺はわけも分からず、ただ完全に雰囲気が変わった部屋を見渡していた。

そんな俺の様子を見て、成歩堂さんの顔色が一気に変わる。




「オドロキ君………君、まさか……」



今まで聞いた事が無いほど低い声に、俺は驚いて振り向く。

さっきまでの鎖と、錠前は消えていて……

けれど、その代わりに俺の腕輪が反応していた。






「勾玉、拾った?」

「……へ?」

「だから、勾玉。拾っただろう…?」




そして、成歩堂さんの手が伸びた。

その手が、俺の前で開かれる。


その手のひらが、俺に"返せ"と言ってきたようだった。

俺は、ポケットにいれぱなしになっていた勾玉を取り出して、成歩堂さんに渡した。


それはすぐに成歩堂さんの手のひらに隠されて

今度は成歩堂さんのポケットに消えていった。




「あの、成歩堂さん……今の…」

「今見た事は、忘れるんだ」





何時に無く強い口調で、成歩堂さんは俺の言葉を塞いだ。

そして、強制されるように、「わかったね?」と、念を押される。






















それに、俺は頷くしかなかった。











































まだ、俺の腕輪は反応をやめない。











































































あの不思議な勾玉はもう持ち主の手に戻ったし、

もうあんな鎖は成歩堂さんの周りにないけれど







あの時、たしかに一瞬見た……沢山の、錠前。



それがどうしても頭から離れない。










あの、鎖と錠前が









何よりも冷たい、壁に思えた。



































































end.